坂本竜彦博士インタビュー

坂本竜彦教授インタビュー

自然環境リテラシーと言う言葉を作り,自然環境リテラシー学と言う新しい分野を作り,自然環境教育や地球環境問題について研究・教育・社会実践している坂本竜彦博士(現在,三重大学教授)に自然環境・自然環境教育に関するインタビューをしました。

坂本 竜彦博士(ちきゅう博士"たっつう")/h2>

私は大学で地球温暖化問題・環境問題について大学生に講義をしています。学生たちは話を聞いてくれますが、講義をしながら常々「自分自身が何かしよう」という行動や実践にはなかなかつながっていかないなぁ〜ということを感じていました。それはなぜなんだろう?と考え続けていたある時、学生に聞いてみると、多くの学生が「小さな頃から自然の中で遊んでいない」という現実があることがわかってきました。自然とのふれあいが希薄であると、自分の中で大切にしたい自然、守っていきたい環境がないんです。「自分の中の自然」が明確に存在しないわけです。それに加え、自然の中での自分のスケール感を感じる経験もない。例えば大海原に出れば、広大な海のなかに身を置くと「なんて自分はちっぽけな存在なんだろう」と感じたりする。「自然の中の自分」という感覚です。このような感覚を身につけるためには、実際に自然の中に行くしかありません。大学の講義室や研究室を飛び出して自然の中に行き、自分の五感をフルに活用して、自然を思いっきり感じていくしかないのです。現代の大学生、子供たち、もしかしたら、大人たちには「自然の中での体験や実感が圧倒的に足りていない」現実があります。これが,私が自然環境リテラシー学を初めて根本的な理由の一つです.

自然環境

自然の不思議さ神秘さを感じる感性や好奇心「センス・オブ・ワンダー」を育成する!取り戻す!

アメリカの生態学者であったレーチェル・カーソンさん(1907-1964)が、自然についての不思議さ神秘さを感じる感性や好奇心をセンス・オブ・ワンダー(sense of wonder)と表現しています。海辺に行った時、打ち寄せる波の音、形、動く砂、そこで生きている生き物たち、森に行った時に感じる木々の立ち振る舞い、木漏れ日、枝の擦れる音、緑の中の匂い、そこに生きている昆虫や鳥たち、そのような、人間の五感をフル動員して感じる不思議さ・神秘さ、そしてどうしてだろうなと感じる子どものような好奇心のことです。誰しも小さな頃は、自然の中や、手にする生物を見て触って、なんだか面白いな、不思議だな、と感じたことはあると思います。あの感覚のことです。いつまで見ていても飽きない、ずっと遊び続ける、そんな時があったはずです。それが段々と大きくなるにつれ、忘れてしまったり、薄れてしまったりしているのだろうと思います。あるいは受験勉強の中で、例えば、植物の茎の断面の模式図を教科書や図鑑などで見て、試験のために色々な名前を覚えるんだけれども、実際に植物を観ることはなかったりします。知識だけ覚えても実物を知らない、様々な環境問題のことは学んでも、実際に大切にした自分の環境がない、というところに、現在の問題があると言えます。自然環境教育とは、まさに、この「自然の不思議さ神秘さ感じる感性・好奇心=センス・オブ・ワンダー」を育成する、取り戻すことだと思います。

①「自分の中の自然」「自然の中の自分」を知る
〜体験や実感をもとにした自然環境=アウトドアに関するしっかりとした理解を促す。

自然環境

現在、地球規模の地球温暖化や地球環境問題が取り沙汰され、その対応が問われています。国連の持続可能な発展(SDGs: Sustainable Development Goals)が問われているのも、現在社会が未来に向けて持続可能な状況ではない、という認識があるからです。このような話題に対し、「世界のどこかで起こっている話だろう」「自分には関係ない」「誰かがなんとかしてくれるだろう」とどうしても自分ごとにできない人々がいることも事実です。なぜ自分ごとにしにくいのか、を考えた時、現代社会において、自然豊かな場所に住む人の多くは「子供の頃から自然の中で遊んでいない」という傾向があるということがあると思います。圧倒的に自然の中での体験が足りておらず、「自分の中の自然」の観念や認識がしっかりと確立されていないことが推定されます。もし「自分の中の自然」が具体的に見つかれば、大切にしたい自然、守りたい自然が確固として存在し、身近な環境問題のみならず、地球温暖化や地球環境問題についても自分ごととして捉えられるようになるはずです。また、「自然の中の自分」という意味で、自然現象に対する自分のスケール感などの感覚もとても大切です。天気予報を見て風速○m/s、波○mと出ていても、それが、実際に体感的にどれほどのものなのか理解するためには、自然の中でそれを体験し実感するほか方法はありません。自然は穏やかな日もあれば、突然牙をむく激しい時もあります。豪雨、台風、土砂災害、雷、地震、津波など、時として命を落としかねない規模の自然現象も起こりうるのです。これらの大きな自然現象の中で自分はどれくらいの大きさ(スケール)なのか、という体験的な理解があって初めて災害時の判断・行動・対策を考えることが可能になります。教室の中では学べない実感・体験を伴う教育は、深い理解を促します。海のことを学ぶには海に入る。波に揺られ、天気、風、海気(海流、潮の流れ、温度や水分や濁り)などを感じながら、その中でパドリングをして自分で進む。次の行動を自分で決める。仲間と共に相手の体調や安全を考えながら行動する。そのようなことを通して、海の深い理解が得られます。森でも山でも川でもそれは同じことです。

②アウトドアにおける活動の知識や技術の理解と習得

カヌー

アウトドアでの活動では、普段の生活とは別の知識や技術が必要となります。逆に、アウトドアでの知識や技術は普段の生活に生かすこともできますし、災害時の対応にも大きく役立ちます。例えば、服装、市街地での生活と異なり、アウトドアでは様々な状況での対応が必要となるので、しっかりとした服装や装備が必要になります。帽子、サングラス、手袋、靴など、状況に合わせた服装、気温や発熱に対応した体温の調整のための服装の知識や技術、雨が降った場合・水場での活動で体が濡れた場合などの低体温症の知識や対応技術、夏場の暑い時の熱中症などの知識や対応技術、が必要となります。キャンピングでは、テントの建て方、タープの建て方、ロープワーク、ペグの打ち方、薪割り、火起こし、火の始末、バーナーやガスボンベの扱い、ごみの扱い、寝床の作り方や装備、暖の取り方、アウトドア料理などの知識や技術も必要となります。シーカヤックやカヌーやスタンドアップパドルボード(SUP)などの水場での活動では、濡れても良い装備に加え、救命胴衣(ライフジャケット)やPFD(Personal Flotation Device、パドリングスポーツ用に開発された浮具)の意味や正しい装着、カヤックやカヌーなどの取り扱い、パドリング、セルフレスキューやグループレスキュー、航海術(コンパス、海図の使い方、航路の設計、パッキング)などの知識や技術などが必要となります。ハイキングや軽登山などでも、服装、登山靴などの装備、地図や地形の読み方・コンパスの使い方、登山計画の立て方、ルートの選び方、体調・体力などの管理などの知識や技術などが必要となります。アウトドアにおけるマナーの知識や技術の学びと習得も重要です。自然豊かな場所にさまざまな方が訪れる機会も増えてきていますが、キャンピングの際のマナーなどが問題とされる場合も多く、より多くの人々が自然に活動の痕跡を残さない知識と技術を学ぶ必要があります(Leave No Trace:LNTという世界的な活動もあります)。これらのことは、実際のアウトドアでの繰り返す実習やトレーニングの中でこそ養われます。体験的な機会は入り口として重要ですが、一度きりの体験では限界があり、連続的に計画、実施することで身についていくものです。

③ 安全管理・リスク管理・危機管理の知恵や方法の理解と習得

アウトドアでの活動

アウトドアでの活動では、晴れていたと思ったら突然の雨とか、穏やかな川が突然増水したり、穏やかな水面だったのに風が出てきて波が大きくなるなど、想定外の出来事が起こりうるものです。怪我や事故のないように、安全に過ごしアウトドア活動を行うためには、安全管理・リスク管理・危機管理の知恵や方法の理解と習得が不可欠です。この知識と方法は、まさしく「生きる力」であり、災害が起きた時の「生き抜く力」・「防災対応力」にもなります。アウトドアでの行動では、「予測」「判断」「行動」が必要になります。「予測」とは、訪れる場所やルートについて「天気・海気」の予報を確認したり、「危険がどこにあるか?」を事前確認したり、これらの情報から「安全装備として何が必要か」を考え「備え・備蓄」「救急・衛生品」などを準備することです。たとえ予測を十分にしていたとしても、現地に行くと予想外のことも起こり得ます。そこで臨機応変な「判断」が必要となります。天候が急変する、何か問題が発生した際、「出発していいかどうか」、その場所から「動くか動かないか」、これから「どこに行くか?どこにむかうか?」など、正しい状況把握と判断が必要になります。一人ではなく集団の場合には、意思決定も必要となります。そして、実際の「行動」の場面では、「いざという時」の対処方法が求められます。「安全確保」「体温の確保」「火起こし・焚火」「ライト・照明」「食事・調理」「排泄」など、普段は当たり前の便利な生活の中では想像もできないような、各場面での知識や方法が求められます。安全管理とは、事前に安全に活動ができるように装備や技術などの最大限の準備をしておくことです。事前の天候確認、現場確認、持っていく装備・服装の準備、参加者の体調・経験・力量の確認、などが含まれます。リスク管理とは、訪問先、行動先、移動ルートなどで起こりうることを想定して対応策を考えておくことです。予想外の雨、風、波への対応、海の上で1本しかないパドルが流されてしまった時の予備パドルの準備、予定通りの行動ができない場合のプランBの準備、などです。危機管理とは、発生した事態に対応できるようにすることです。体調が悪くなった場合、怪我をした場合の対処、連絡、救急救命の方法の習得や実践、などがこれにあたります。このような知識と方法を活動のレベルに合わせて習得することが必要です。アウトドアの活動の指導にあたるリーダーの役目の人は、事前の知識や技術の習得、必要なインストラクター資格の習得など、日々の努力も必要となります。

持続可能な社会に向けて自然と共に生きていく人材の育成を

今からの時代は、持続可能な社会・未来が問われているように、私たち人間は自然とともに生きていくことを模索していかなければいけないと思います。特に自然環境とともに展開していく第一次産業である農業・林業・漁業・水産業それぞれの魅力を発信して、次世代を担う人材を育てていく必要があります。三重県は自然豊かで地域資源もたくさんあるのですが、みんな便利で刺激もある都会に出て行くというのが現状です。しかし、自然がたくさんあって動物や虫などとふれ合いながら生きていくというのが本来人間のあるべき姿だと思います。そういうことを大切にできる人材育成を末永く続けていきたいと考えています。

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